部下の“やらされ感”を変える方法 〜「自分ごと」に変わる心理学的アプローチ〜
その「やらされ感」、本当に部下のせいですか?
「今期の売上目標は前年比120%だ。しっかり頼むぞ」
そう伝えた瞬間、部下の表情がスッと曇る。返事は「はい、わかりました」と。目には光がない。
多くのマネージャーが、こうした場面で頭を抱えています。「なぜ主体的に動いてくれないのか」「自分が若い頃はもっとガツガツやっていたのに」と。しかし、ここで一度立ち止まって考えてみてください。部下の「やらされ感」は、本当に部下個人の性格や意欲の問題なのでしょうか?
実は、心理学の観点から見ると、「やらされ感」は人間の極めて自然な反応です。そして、これを変える鍵は、部下を変えることではなく、上司であるあなた自身の「伝え方」と「関わり方」を変えることにあります。今回は、心理学を土台にしたコーチングの視点から、この根深い問題への具体的なアプローチをお伝えします。
「やらされ感」が生まれる心理メカニズム
自己決定理論から見る人間のモチベーション
心理学者エドワード・デシとリチャード・ライアンが提唱した「自己決定理論(Self-Determination Theory)」では、人間が内発的に動くためには3つの心理的欲求が満たされる必要があるとされています。
ひとつ目は自律性(Autonomy)——「自分で決めている」という感覚。ふたつ目は有能感(Competence)——「自分にはできる」という実感。そして3つ目が関係性(Relatedness)——「誰かとつながっている」という安心感です。
「売上目標120%」という数字だけが上から降ってきた瞬間、部下の中ではこの3つすべてが満たされていない状態になります。「自分で決めていない」「達成できる気がしない」「上司は自分の事情を理解してくれていない」。これが「やらされ感」の正体です。
さらに、日本人の約7割の人々には「やりたくないノルマがやってきた感」として精神を圧迫します。~詳しくはMADOKAの講座内で取り扱います。~
上司が陥りがちな「指示の罠」
ここで上司側の心理にも目を向けてみましょう。多くの上司は「明確な指示こそが部下を動かす」と信じています。これは決して間違いではありません。しかし、指示の「明確さ」と「納得感」は別物なのです。
上司の頭の中では、「会社の方針→部門目標→個人目標」という流れが論理的につながっています。ところが部下から見ると、いきなり「個人目標」という結論だけが提示される。自律的動機づけ(autonomous motivation)、いわゆる”自分事”に持っていくには、全体像を部署の役割、部署の目標、個人の役割を、明確な指示の前に示しておかなければ、「個人目標」は突然発生した命令になるのです。
なぜ「やる気を出せ」という叱咤激励は逆効果なのか
心理的リアクタンスという壁
人間には「自分の自由が脅かされたと感じると、それを取り戻そうとする動機づけが生じ、逆の行動を取りたくなる」という性質があります。これを心理学では心理的リアクタンスと呼びます。1966年にジャック・ブレームによって提唱された理論で、現在も社会心理学の基礎理論として広く参照されています。
「もっと主体的に動け」と言われれば言われるほど、人は主体性を失います。なぜなら、「主体的に動け」という指示自体が、相手の自律性を奪う矛盾した命令だからです。「自由に発言しろ、ただし俺の意見に従え」と言っているのと構造的には同じこと。部下が動かないのは、わがままだからではなく、人間の心の自然な防衛反応なのです。
「目標の押し付け」が思考停止を生む
さらに厄介なのは、押し付けられた目標は思考停止を引き起こすことです。「どうすれば達成できるか」を考える代わりに、「どうすれば怒られずに済むか」「どう言い訳すれば許されるか」という方向に頭が働き始めます。
これは部下の能力の問題ではありません。神経科学者エイミー・アーンステン(イェール大学)らの研究によれば、コントロール不能なストレス下では前頭前皮質(思考・判断・ワーキングメモリ・注意制御などの高次認知機能を司る部位)の働きが低下することが明らかになっています。つまり、強制感を伴う「やらされ感」のままでは、どれだけ優秀な部下でも本来の思考力や問題解決能力を十分に発揮できない状態に追い込まれてしまうのです。
部下の主体性を引き出す2つの心理学的アプローチ
アプローチ①:目標をリフレーム(枠組みを変える)する対話を持つ
まず、会社の事業とその目的、目標。部署の目的と目標、部署の役割。そしてその部下の役割と何に貢献しているかを理解させているという前提があります。また、部下との間に信頼関係”ラポール”という土台が形成されていることも前提となります。
そして、「今期120%という数字、これを聞いてどう感じた?」と最初に問いかけてみる。多くの上司はこの質問を飛ばしてしまいますが、ここで部下の本音——「正直、無理だと思った」「何から手をつけていいかわからない」——を引き出すことが出発点になります。~信頼関係がなければ「頑張ります!」一言いい、輝きを失った目で立ち去って行きます。~
そのうえで、「この目標を達成できたら、我々にとってどんな意味があると思う?」「君にはどのような影響があると思う?」「達成したら会社や我々、君自身はどんなステージに進めると思う?」といった質問を重ねていきます。未来の目標に意識を持っていく対話が、「やらされ」を「やりたい」に変える第一歩です。
アプローチ②:目の前の目標を通過点にする
目標を小さな達成可能なステップに分解し、達成の都度褒めるというアプローチが言われることもあります。但し、それは”達成される前提で言われている”と私たちは理解しています。企業の目標は数値も時期も厳しいことは私たちも知っていますが、一人の人間としての社員は、そのような時間軸では動いていません。時計でも機械でもないからです。
目標に向かう気持ちを作っていくために、心理学者アルバート・バンデューラの自己効力感(self-efficacy)研究で言う「達成体験(mastery experiences)」が最も強力な源泉になります。では、たとえ小さなステップでも達成しなかったら、そしてその一年の目標が達成しなかったら。達成体験を与えることは難しくなります。
有能感を育てるには、目の前の目標を細かにアクションアイテムや期日で設定するのではなく、5~6年先の社員本人の仕事を通じて達成する目標をイメージさせることから始めます。会社の目標ではありません。本人の目標になります。そこから短期の目標に分解すると同時に、組織の目標との関連性を明確にしていきます。それらプロセスを通じた、細かな目標をこの社員が達成したら褒める、仮におおまかな目標を1カ月遅れたとしても、できたことを褒める。このことによって達成体験を与えていくと同時に、次回、達成を一カ月早めるには、どのような方法があるか本人が検討して実行する。そのことを通じて5~6年先の自分を実現できることを支援していく立場に上司である自分を置くことです。この手法は一般的ではないかもしれません。
しかしながら、私たちは多くの日本企業がノルマ型の管理体制を変えていっていることを素晴らしいと考えていますし、それが私たちの講座設計が世の中の方向に合っていると確信を持つ事実となっています。
上司自身の「在り方」が問われている
部下は上司の「本音」を見抜いている
ここまで具体的な手法をお伝えしてきましたが、最も大切なことを最後に述べておきます。それは、部下は上司のテクニックよりも「在り方」を見ているということです。
上司自身がその売上目標に納得していなかったら? 上司自身が「会社に言われたから仕方なく伝えている」というスタンスだったら? どれだけ巧みなコーチングスキルを使っても、その本音は必ず透けて見えます。部下の「やらされ感」は、実は上司自身の「やらされ感」を鏡のように映し出しているケースが少なくないのです。
自分の内側と向き合う勇気
つまり、部下の主体性を引き出すマネージャーになるためには、まず自分自身がなぜこの仕事をしているのか、この目標にどんな意味を見出しているのかを、深く言語化できている必要があります。これは精神論ではなく、心理学的に裏付けのある自己認識のプロセスです。
自分の動機が明確な上司は、部下に対しても「あなたにとっての意味」を問いかけることが自然にできます。逆に、自分自身の動機が曖昧なままだと、どうしても「数字を達成しろ」という表面的な指示に終始してしまうのです。
ここで、前述の主体性を引き出す2つの心理的アプローチを自分のために見返して、自分自身の目標言語化を行ってみてください。きっと、部下へのメッセージが根本から変わり始めます。
管理職という仕事は「技術」であり「人間理解」である
私たちが提供しているコーチング講座では、今回ご紹介した自己決定理論、心理的リアクタンス、自己効力感といった心理学の知見を、現場で明日から使える具体的な対話技術として体系的に学んでいただけます。さらに、上司自身の「在り方」を整えるセルフコーチングの手法、部下のタイプ別アプローチ、部下それぞれが心地よいと感じる使われ方など、マネジメントの現場で本当に役立つ内容を網羅しています。
「自分の関わり方を磨く」と、あなたのチームは確実に変わり始めます。部下の目の光が戻り、会議室の空気が変わり、数字が後からついてくる——そんな組織を作っていきましょう。
有田省吾 Shogo Arita
外資系企業にて営業・マーケティング実務、その後上席マネジメントに20年以上携わり、Harvard Law School、MIT、Babson大学などで様々なマネジメントやコーチング、組織変革手法、営業強化手法の研修・ワークショップに参加、それら研修の日本導入時のコンサルタント等を経験。認知科学と心理学を加え、日本の現状や文化に合わせた使える技術、定着する研修を提供するためにMADOKAを起業。講師・カウンセラー。

